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「マーケティングフレームワークの功罪」菅 恭一 (著)で紹介されていた「ブランド戦略」に関する読むべき4冊を紹介します
企業がマーケットで成功するためには、単にマーケティングのフレームワークを理解し、適用するだけでは不十分です。
なぜなら、競争優位は市場戦略だけで生まれるものではなく、顧客の頭のなかに独自性のある「ブランド」として認識されることで、はじめて長期的な価値を持つからです。ブランド戦略を学ぶための必読書を紹介します。
1. 『ブランド論—無形の差別化を作る20の基本原則』
この本は、現代のブランド論の確立に最も大きな貢献をした一人である、デービッド・アーカー氏の哲学が詰まった一冊です。アーカー氏は、ブランドを単なるロゴや名前ではなく、企業の競争優位を長期にわたって支える「無形の資産」として捉え直しました。ブランド戦略を学ぶ上で、この視点は極めて重要です。
本書は、ブランドを構築し、管理するための20の基本原則を体系的に解説しています。その中でも核となるのが、「ブランド・アイデンティティ」と「ブランド・エクイティ」という概念です。ブランド・アイデンティティとは、企業が顧客に持ってほしいと願うブランドの理想的なイメージのことです。アーカー氏は、このアイデンティティを、製品特性、組織的な側面、パーソナリティ、シンボルなど、多角的な視点から定義する必要があると説きます。このアイデンティティが明確で一貫していることこそが、強力なブランドを築く第一歩となるのです。
一方、ブランド・エクイティとは、ブランドが持つ資産価値のことです。これは、顧客のブランドに対する認知度、品質の知覚、ロイヤルティなど、顧客の心の中に存在する資産の総称です。アーカー氏の研究は、このブランド・エクイティを高めることが、企業のキャッシュフローや株価に直接的に貢献することを科学的に示しました。
本書の魅力は、その実践性の高さにあります。アーカー氏は、ブランドを成長させるための具体的な戦略として、「ブランドの拡張(Brand Extension)」や、「グローバル・ブランディング」の課題と解決策についても詳しく論じています。ブランド拡張を成功させるためには、既存ブランドが持つ中核的なアイデンティティと、新しい製品・サービスとの間に、論理的な一貫性が求められます。安易なブランド拡張は、既存ブランドの価値を希薄化させ、顧客の混乱を招く危険性があることを、豊富な事例で警告しています。
この本を読むことで、読者はブランド戦略を感覚的なものではなく、明確な目標と指標に基づいた科学的なマネジメントとして捉えることができるようになります。コモディティ化が進み、製品の差別化が難しくなっている現代において、無形の差別化、すなわちブランドこそが、企業が生き残るための最終兵器であるという確信を得られるでしょう。経営層からマーケティング担当者まで、すべてのビジネスパーソンにとって、ブランド構築の哲学と実践法を学ぶための必読書です。
2. 『戦略的ブランド・マネジメント』
この本は、ケビン・レーン・ケラー氏によって書かれた、ブランド・エクイティ(ブランド資産価値)の概念を徹底的に深掘りした専門的な著作です。ケラー氏は、前述のアーカー氏と共に、現代のブランド論を牽引する第一人者です。彼の提唱する「顧客ベースのブランド・エクイティ(CBBE:Customer-Based Brand Equity)」モデルは、ブランド戦略の実践において、最も広く使われているフレームワークの一つです。
CBBEモデルの核となるのは、「ブランド・エクイティは顧客の心の中に存在する」という考え方です。つまり、ブランドの価値は、顧客の頭の中に築かれた、ブランドに対する「知識」や「連想」の構造によって決まるということです。本書は、この顧客ベースのエクイティを築くための4つのステップ、すなわち、「ブランド・アイデンティティ」、「ブランド・ミーニング(意味)」、「ブランド・レスポンス(反応)」、「ブランド・リレーションシップ(関係性)」を詳細に解説しています。
特に重要なのが「ブランド・ミーニング」の構築です。ケラー氏は、ブランドが顧客に提供する機能的な「パフォーマンス」だけでなく、ブランドの「イメージ」や「個性」といった、より感情的な要素が、いかに強力なブランドロイヤルティを生み出すかを具体的に示しています。顧客がブランドに対して抱く、暖かさ、誠実さ、興奮、能力といった抽象的な「ブランド・フィーリング」を戦略的に設計することの重要性を説いているのです。
本書の特筆すべき点は、その分析の緻密さにあります。ブランドの要素(ロゴ、スローガン、パッケージなど)をどう設計するか、マーケティング活動(広告、プロモーションなど)がブランド・エクイティにどう貢献するか、そしてブランドをグローバル市場でどう管理していくかといった、実践的なマネジメント課題について、詳細なツールやフレームワークを提供しています。ブランドの価値を測定するための定量的な手法についても詳しく解説されており、ブランド戦略を「アート」としてだけでなく、「サイエンス」として実行したい専門家にとって、非常に有用な情報源となっています。
この本は、コトラーの『マーケティング・マネジメント』と共に、大学院やビジネススクールで広く教科書として採用されています。ブランドの概念を深く理解し、それを具体的な戦略として落とし込みたいマーケティングの専門家や、ブランド・マネージャーを目指す人にとって、理論と実践を結びつけるための不可欠な一冊です。
3. 『真実の瞬間: SASのサ-ビス戦略はなぜ成功したか』
この本は、ヤン・カールソン氏がスウェーデン航空(SAS)の社長時代に行った、劇的なサービス改革の物語を綴ったものです。この本は、ブランド戦略を「顧客接点」という視点から、極めて実践的に捉え直す重要性を示しました。彼が提唱した「真実の瞬間(Moment of Truth, MOT)」という概念は、サービス業のみならず、あらゆる顧客接点を持つビジネスに革命をもたらしました。
「真実の瞬間」とは、顧客が企業の製品やサービスに触れる、わずか15秒間の瞬間を指します。顧客がブランドに対する印象を形成し、その後の購買行動やロイヤルティを決定づける、極めて重要な瞬間です。SASが経営危機に瀕していた当時、カールソン氏は、この無数の「真実の瞬間」の質を高めることこそが、ブランド再生の鍵であると確信しました。
彼の戦略は、単なるマニュアルの変更ではありませんでした。最前線の社員、すなわち、お客様と直接接する空港の地上係員や客室乗務員に、大幅な権限を委譲したのです。これにより、彼らはマニュアルに縛られることなく、顧客一人ひとりの状況に応じて最適なサービスを提供できるようになりました。これは、社員が自律的に行動し、顧客に最高の体験を提供することこそが、ブランドを築くという考え方です。
本書の魅力は、そのストーリー性と情熱にあります。カールソン氏は、「ピラミッドの逆転」という組織改革を断行しました。従来のトップダウン構造を覆し、顧客に最も近い現場の社員を組織のトップに据え、マネジメント層は現場を支援する役割に徹しました。この大胆な変革を通じて、社員一人ひとりがブランド大使となり、SASのサービスブランドを劇的に向上させたのです。
この本は、ブランドが、マーケティング部門が作成する広告やロゴだけで生まれるものではないことを教えてくれます。ブランドは、顧客が企業と接するすべての瞬間に、現場の社員の行動を通じて形成されるのです。サービス業や小売業はもちろん、すべての企業経営者やマネージャーにとって、社員のエンゲージメントを高め、顧客体験を通じてブランドを築くための、行動を促す感動的な必読書です。
4. 『GROW 本当のブランド理念について語ろう 「志の高さ」を成長に変えた世界のトップ企業50』
この本は、P&Gのチーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)を長年務めたジム・ステンゲル氏が、「パーパス(志)」をブランド戦略の核に置くことの重要性を説いたものです。ステンゲル氏は、彼が研究した世界のトップ企業50社の成功事例を分析し、それらの企業が単なる利益追求ではなく、社会に対して何を成し遂げたいかという明確な「志」を持っていたことを明らかにしました。
本書が伝える中心的なメッセージは、現代の消費者は、製品の品質や価格だけでなく、そのブランドが持つ倫理観や社会的な目的にも共感して購買を決める、ということです。企業の「志」を明確にし、それをブランド戦略の核に置くことで、社員のモチベーションが高まり、顧客のロイヤルティが深まり、結果として長期的な利益成長につながるというメカニズムを解き明かしています。
ステンゲル氏は、ブランドの「志」を以下の5つのカテゴリーに分類し、それぞれの企業の成功事例を通じて解説しています。例えば、「世界に喜びをもたらす」という志を持つ企業、「個人の可能性を解き放つ」ことに貢献する企業などです。これらの企業は、製品やサービスだけでなく、自社の存在意義を顧客に伝えることで、強い絆を築いています。
この本は、ブランド戦略を単なる競争優位の確立ではなく、企業が社会の中で果たすべき役割という、より高い視点から捉え直すことを促します。特に、ミレニアル世代やZ世代といった若い世代は、パーパスドリブンな企業を強く支持する傾向にあります。
この本を読むことで、読者は自社ブランドの「志」をどのように定義し、それを組織全体、そしてマーケティング活動全体にどのように浸透させていくか、その具体的な道筋を学ぶことができます。ブランドを「魂を持った存在」として捉え、社員と共にその価値を社会に提供していきたいと考える経営者やリーダーにとって、ブランド戦略の未来を示す、示唆に富んだ一冊です。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
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