皆さんは、自分が何者なのか、自分が帰るべき「故郷(ふるさと)」がどこにあるのかを疑ったことはありますか?
日常の中で当たり前のように「日本人」として「日本」で暮らしていると、その前提が崩れることなんて想像もしないかもしれません。しかし、日本の歴史の中には、国家という枠組みが突然消え去り、自分がどこの誰かも分からなくなるような、圧倒的な不条理を生き抜いた人々がいました。
今回ご紹介するのは、現代日本文学の巨匠であり、世界的な前衛作家として今なお根強い人気を誇る安部公房の初期の傑作長編小説『けものたちは故郷をめざす』です。
本書は、第二次世界大戦末期から敗戦直後の満州(現在の中国東北部)を舞台に、一人の少年が過酷な荒野を彷彿とさせる世界で「日本」という故郷を目指して彷彿とする、文字通りの命がけの逃避行を描いた物語です。
少し重厚なテーマではありますが、現代の私たちにも通じる「アイデンティティ」や「人間の本質」を鋭く突く名著ですので、ぜひ最後までじっくりと読んでみてください。
1. 著者の紹介:世界文学の最先端を走り抜けた異才・安部公房
まずは、本書『けものたちは故郷をめざす』の著者である安部公房(あべ・こうぼう)についてご紹介します。
安部公房は、1993年に亡くなるまで、現代日本文学の最前線で極めて異彩を放ち続けた作家です。代表作『砂の女』や『他人の顔』『燃えつきた地図』などは世界各国で翻訳され、日本国内にとどまらず海外でも高い評価を受けました。ノーベル文学賞の最有力候補の一人として、世界中の文豪たちからその才能を認められていたことでも有名です。
そんな安部公房の文学を語る上で絶対に切り離せないのが、彼自身の「満州での敗戦体験」です。安部公房は幼少期を満州で過ごし、高等教育を受けるために一度東京へ出たものの、昭和19年に再び満州へと渡りました。そこで日本の敗戦を迎え、国際的な政治の渦に巻き込まれながら、混沌とした激動の時代を生肌で体験したのです。
文芸評論家の磯田光一氏が指摘しているように、日本国内で生まれ育って敗戦を迎えた多くの知識人たちは、「軍国主義から民主主義への価値観の転換」という、内面的な感情の整理を文学のテーマにすることが多くありました。しかし、満州という「国家の境界線が崩壊した場所」で敗戦を迎えた安部公房にとっては、祖国の敗亡という事態さえも、単なる一つの政治的事件にすぎず、それ以上に「根無し草となって世界に放り出される人間の実存」のほうが遥かに大きな問題だったのです。
今回ご紹介する『けものたちは故郷をめざす』は、1957年に刊行された安部公房の初期の長編作品であり、まさに彼自身の満州での記憶と、国家や故郷を失うことの恐怖がダイレクトに投影された、作家としての原点とも言うべき非常に重要な作品です。
2. 本書の要約:終わりなき荒野を往く、生と死の境界線の逃避行
それでは、本書『けものたちは故郷をめざす』の核心に迫る、詳しい要約をお届けします。この物語が持つ圧倒的な緊張感と、主人公がたどった壮絶な旅路を丁寧に紐解いていきます。
① 崩壊した満州国と、孤独な少年の脱走
物語の舞台は、ソ連軍が侵攻し、中国の国民党軍(国府軍)と共産党軍(八路軍)が激しい内戦を繰り広げている、敗戦前夜から戦後の満州です。かつて日本が建国した「満州国」という幻の国家はすでに崩壊し、そこはどこの国とも言えない、力と暴力だけが支配する無政府状態の荒野と化していました。
主人公の久木久三(くき・きゅうぞう)は、満州の地方都市に暮らす16歳の少年でした。そこで終戦を迎えた久三は、関東軍(日本軍)が撤退したあとの過酷な環境に取り残されてしまいます。肉親を亡くした彼は、ソ連軍のアレクサンドロフ中佐のもとで孤児として引き取られ、2年半以上もの期間を過ごすことになります。アレクサンドロフ中佐は、脱走した久三に対しても怒ることなく、軍票や証明書を用意してくれるような、混沌とした世界の中では珍しく温かさを持った人物でした。
しかし、久三の心の中にあったのは「日本という故郷へ帰りたい」という強烈な切望でした。彼は意を決してソ連兵のもとを脱走し、遥か南にあるはずの故郷・日本を目指して、終わりの見えない放浪の旅へと一歩を踏み出します。
② 正体不明の男・高石塔との出会い
南を目指して歩き始めた久三ですが、当時の満州は一歩進むだけで命の危険がある混沌の極みでした。毛沢東率いる八路軍、蒋介石率いる国民軍、さらにはその影で暗躍する傀儡軍(かいらいぐん)や地元の馬賊などが入り乱れ、誰が敵で誰が味方なのか、今ここで何が起きているのかさえも一般の人間には全く把握できない異常事態でした。
そんな生と死の境界線上をさまよう久三の前に、高石塔(こうせきとう)という正体不明の男が現れます。高石塔は、自分の国籍すら曖昧で、敵の軍にも味方の軍にも調子よく取り入るような、うさん臭さと不気味さをまとった男でした。彼の目的は、自身の「金」と「権力」への欲望を満たすこと。そして、その手段として大量の「アヘン」を隠し持っており、それを受け渡して大金をせしめることだけに異常なまでの執念を燃やしていました。
久三はこの油断のならない、しかし荒野を生き抜く術を知っている高石塔とともに、果てしない満州の地を徒歩で南へと下っていくことになります。高石塔が言うように、「こういう御時世には、どうしても境界線の幅がひろがってしまう」のです。二人は、常に変化する政治と勢力の境界線の上を、綱渡りのように進んでいきました。
③ 荒野の残酷さと、泥泥の中に輝く一筋の人間味
旅の途中で久三が目にするのは、極限状態に置かれた人間の醜さとむごたらしさでした。高石塔は自分の利益のために久三を平気で利用し、貶めようとします。また、道中で出会う同じ日本人や現地の人々も、自分が生き残るために他人を裏切り、騙し合う泥沼のような人間関係が展開されます。
しかし、そんな絶望的な世界の中にも、わずかに温かい光のような人々との出会いがありました。
久三の記憶の中で忘れられないのは、彼の母親が亡くなり埋葬する際、心を込めて「塩の塔」を立ててくれたモンゴル兵の姿です。翌朝、夜露に濡れて消え失せてしまった「塩の塔」を見て、そのモンゴル兵は満足そうに頷き、空を指差しました。「お母さんの魂は天に昇ったんだ」ということを、言葉は通じずとも示してくれたその優しさは、久三の凍てついた心を救いました。
また、極寒の旅の途中で、冷たく凍った煎餅(チェンピン)を火にあぶり、味噌を塗って食べさせてくれた馬車の青年もいました。飢え死に寸前だった久三にとって、その温かい食べ物の味は、生きる喜びそのものでした(のちにその青年も汚れた企みに巻き込まれてしまうのですが……)。さらに、満州の都市の公園では、ぶっきらぼうでありながらも、久三の口に肉を放り込んでくれ、日本人がいる居住区まで案内してくれた浮浪児の少年との出会いもありました。まるで『レ・ミゼラブル』のガヴローシュを思わせるような、過酷な環境をたくましく生き抜く少年たちの姿は、久三の旅のささやかな救いとなっていきます。
④ けものじみた衝動と、突きつけられる拒絶
南へ下るにつれて、自然環境はさらに過酷さを増していきます。地平線まで続く終わりのない荒地、先の見えない恐怖、そして襲いかかる激しい飢えと寒さ。広大で容赦のない大自然の前で、久三と高石塔の二人は、あまりにも無力な「二つの点」でしかありませんでした。
やがて二人を動かしていたのは、理性や「日本へ帰る」という高尚な意志などではなくなってしまいます。それは、恐怖と幻覚、そして「生きたい」という、けものじみた内臓の衝動だけでした。お互いがまだ屈せずに歩いているという事実だけが、消えかかった命の炎を繋ぎ止める最後の鞭となっていたのです。何も考えず、ただ足を引きずって歩くその姿は、タイトルにある「けものたち」そのものでした。
凄まじい執念で荒野を生き延び、久三はようやく大都市・瀋陽(しんよう)の日本人居住区へとたどり着きます。ここへ来れば、同じ同胞である日本人が助けてくれる、ようやく故郷に繋がると信じていました。
しかし、そこで待っていたのは残酷な拒絶でした。長年の放浪によって顔も服も真っ黒に汚れ、浮浪者のようになっていた久三を見た居住区の日本人たちは、「日本人があんなに黒い顔をしているもんか!」と罵り、彼を仲間と認めずに締め出してしまったのです。侵略者から一転して追われる身となった日本人たち自身も余裕がなく、異質な存在を排除しようとした瞬間でした。自分が何者であるかを証明する術を失った久三は、同胞からさえも存在を否定されてしまいます。
⑤ 衝撃のラストシーン:日本はどこにあるのか
あらゆるコミュニティから弾き出され、いよいよ追い詰められた久三は、最後の手段として高石塔とともに密輸船の暗い船艙(せんそう)に閉じ込められ、海を渡って日本を目指すことになります。
船の底の暗闇の中で、波の音を聞きながら、久三の心に去来したのは底知れない虚無感でした。どれだけ歩いても、どれだけ命をかけて移動しても、自分はあの恐ろしい満州の荒野から一歩も抜け出せていないのではないか、という狂気的な感覚に囚われます。
そして物語の結末、久三は衝撃的な思考へと行き着きます。
船が日本に近づいているはずなのに、上陸することも許されず、暗闇に囚われたままでいる自分。彼は絶望の中で叫ぶように思います。
「まるで同じところを、ぐるぐるまわっているみたいだな……いくら行っても、一歩も荒野から抜けだせない……もしかすると、日本なんて、どこにもないのかもしれないな」
故郷という心の拠り所を求めて、けもののように走り続けた旅の果てに、主人公が見たのは「自分が目指していたはずの『日本』という故郷そのものが、最初から幻だったのではないか」という、圧倒的な崩壊の結末でした。久三が日本の地を踏むことができたのかどうか、その明確な答えは出されないまま、物語は幕を閉じます。
3. ココだけは押さえたい一文
本書のテーマの深さと、極限状態における人間の生命力を象徴する、最も力強い一文がこちらです。
「あれから二人を支えていたものはもはや理性的な意思などではなく、恐怖と幻とけだものじみた内臓の衝動だけであった。その衝動によって相手が支えられており、いぜんとして屈せず努力をつづけているという事実の刺戟だけが、今にも消えさろうとする生への執着を、なおも鞭打つ最後の力だったのだ」
この一文は、久三と高石塔が過酷な満州の荒野を歩き続ける場面で登場します。人間は、社会的な肩書きや「どこどこの国の国民である」という理性を全て剥ぎ取られたとき、最終的に何によって突き動かされるのか。それは、生き延びようとする生物としての剥き出しの「衝動」です。そして、自分を裏切るかもしれない目の前の他者が「まだ歩いている」という事実だけが、自分を歩かせるエネルギーになるという描写は、人間の孤独と、それゆえの奇妙な繋がりをこれ以上ないほどリアルに表現しています。
4. 感想とレビュー:人間の本質と国家の幻影を暴き出す、衝撃のサバイバル文学
ここからは、本書を読んだ私自身の率直な感想と、レビューをお届けします。
圧倒的な筆力で描かれる「地獄絵図」と、心に突き刺さる結末
安部公房の作品をいくつか読んできましたが、この『けものたちは故郷をめざす』が持つ生々しいエネルギーには、言葉を失うほどの衝撃を受けました。のちの『砂の女』のような、完成されたシュルレアリスム(超現実主義)の美しさとはまた違い、ここには著者の若い頃の熱量と、満州での実体験に基づいたであろう「世界の生々しい手触り」がそのまま残されています。
読んでいてとにかく恐ろしいのは、「昨日まで国だった場所が、今日にはただの荒野になる」というダイナミックな社会の崩壊です。昨日までの敵が今日の味方になり、その逆も然り。誰もが生きるために必死で、人間の醜さがこれでもかと炸裂します。高石塔の狂気的なアヘンへの執着や、同胞であるはずの久三を冷酷に締め出す日本人たちの姿には、暗澹たる気持ちにさせられました。
しかし、だからこそ、途中で登場するモンゴル兵の「塩の塔」のエピソードや、浮浪児が口に放り込んでくれた肉の味、凍った煎餅の温かさが、信じられないほど愛おしく、涙が出るほど美しく感じられるのです。安部公房は決して人間を冷酷に突き放しているのではなく、泥泥の地獄の中にある一瞬の人間味を、非常に丁寧にすくい上げています。
そして何より、あの予想外のラストシーンです。久三が命をかけて目指した「日本」の目の前まで来ながら、船底に閉じ込められ、「日本なんてどこにもないのかもしれない」と絶望する場面では、胸が締め付けられるような思いがしました。私たちは普段、自分が「〇〇国の人籍を持っている」という安心感の上に生きていますが、ひとたびそのシステムの外に放り出されたら、国家なんて頭の中の概念(ファンタジー)にすぎないのではないか、という鋭い問いを突きつけられます。
本書のメリット・デメリットの検証
読者の皆様が購入される際の参考になるよう、客観的な視点からメリット・デメリットを整理しました。
- メリット:
- 歴史の教科書には載っていない、敗戦直後の満州の「本当の空気感」や「無政府状態のリアルな恐怖」を、一人の少年の目線から追体験できる。
- ドキドキハラハラする冒険小説・逃亡劇としてのエンターテインメント性が非常に高く、ページをめくる手が止まらなくなる。
- 「自分とは何か」「国家や故郷とは何か」という、普遍的で深い哲学的なテーマについて深く考えさせられる。
- 登場するキャラクターたち(高石塔やアレクサンドロフ中佐など)が非常に個性的で、人間の多面性を深く学べる。
- デメリット:
- 戦後の満州の複雑な軍事バランス(ソ連軍、八路軍、国府軍、傀儡軍など)が入り乱れて登場するため、歴史的背景の知識が全くない状態だと、最初は状況を整理するのに少し苦労するかもしれません。ですが、システムが分からず困惑する感覚自体が主人公・久三の心理とシンクロするため、あえて深く考えずに「異常事態に迷い込んだ感覚」のまま読み進めるのも、この小説の正しい楽しみ方です。
- 結末がハッピーエンドではないため、読後にすっきりとした爽快感を求める方には、少し重たい余韻が残る可能性があります。
【総評】
『けものたちは故郷をめざす』は、単なる過去の戦争文学の枠に収まる作品ではありません。現代でも世界中で起きている難民問題や、アイデンティティの喪失といった問題の核心を、半世紀以上も前から見事に予見していた驚くべき世界文学です。安部公房という作家の持つ、圧倒的な表現力と深い洞察力に終始圧倒される、一生モノの読書体験になること間違いなしの一冊です。
5. まとめ
安部公房さんの『けものたちは故郷をめざす』は、私たちが生きる社会の前提を根本から揺るがす、不朽の名作です。
最後に、今回の内容をコンパクトに振り返ってみましょう。
- 物語の舞台は、日本の敗戦によって国家の枠組みが崩壊し、無政府状態となった戦後の満州である。
- 主人公の少年・久三は、「日本」という故郷を目指し、正体不明の男・高石塔とともに過酷な荒野を南へと下る。
- 旅の果てにたどり着いた日本人居住区で同胞から拒絶され、久三は自分の存在や「故郷」という概念そのものを見失っていく。
- 極限状態における人間の醜さと、その中でキラリと光る一筋の温かい優しさが、安部公房の圧倒的な筆力で描かれている。
「物語のあと、久三は必ず日本の地を踏むことができた、そう信じたい」と、読者に強く願わせるだけのパワーがこの本にはあります。
私たちが今立っているこの場所は、本当に確かなものなのか。自分の足元を見つめ直し、人間の本当の強さと脆さを知るために、ぜひ一度この壮絶な荒野の旅に出かけてみてください。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
背伸びしない等身大の経験とアイディアのコラムも書いています。
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