かつては尊敬していた父が、ある日を境にヘイトスラングを口にするようになる。
テレビの報道番組に毒づき、スマホで右傾化した動画をむさぼるように見る姿。
そんな変貌した親を前に、あなたならどう向き合いますか?
ルポライターの鈴木 大介氏による著書『ネット右翼になった父』は、現代の日本で増え続けている「家族の右傾化と分断」を、当事者の視点から描いた重厚なノンフィクションです。
この記事では、本書の詳しい要約と、胸に迫るレビューをお届けします。
1. 著者の紹介
著者は、ルポライターの鈴木 大介(すずき だいすけ)氏です。
彼はこれまで、裏社会、貧困女性、虐待といった、社会の片隅で悲鳴を上げる人々の声を拾い続けてきました。
また、自身も40代で脳梗塞を患い、高次脳機能障害という困難を経験しています。
その経験から、「弱者の痛み」に対して非常に敏感で、誠実な取材姿勢を持つことで知られています。
そんな「弱者の味方」である彼にとって、身近な家族である父が「弱者を叩く側」に回った衝撃は、計り知れないほど大きなものでした。
2. 本書の要約
『ネット右翼になった父』は、父が亡くなる前後の心の軌跡を辿る全6章で構成されています。
第1章:分断 ―― 変貌した父との断絶
ある時期から、父の言動が激変します。
生活保護受給者を「ナマポ」と呼び、中国や韓国に対して攻撃的な言葉を吐く。
リビングには常に、右派論客が叫ぶYouTube動画が流れていました。
貧困女性や弱者の取材をライフワークとする息子にとって、それは耐えがたい光景でした。
父の言葉は、息子が積み上げてきた職業人生そのものを否定するように響きました。
著者は父に絶望し、家庭内での会話は完全に消失してしまいます。
僕の中に「父は何者かに利用され、変えられたのだ」という答えが浮き彫りになった。
『ネット右翼になった父』
第2章:対峙 ―― 癌と右傾化の並走
父に末期がんが発覚し、闘病生活が始まります。
しかし、肉体の衰えとは裏腹に、父の右傾化した言説はますます激しさを増していきます。
著者は「醜い言説が父の心を蝕んでいる」と感じ、父に影響を与えたメディアを憎みます。
結局、本質的な対話ができないまま、父はこの世を去りました。
看取った瞬間、著者の心に湧き上がったのは「悲しみ」ではなく、言いようのない虚無感でした。
第3章:検証 ―― 父は本当に「ネトウヨ」だったのか?
父の四十九日を過ぎた頃、著者はある行動に出ます。
父が遺したパソコンの閲覧履歴や、購読していた雑誌の徹底的な検証です。
また、親族や父の旧友たちに会い、若かりし頃の父がどんな人物だったのかを聞き歩きます。
ここで意外な事実が判明します。
父はかつて、隣国の文化に深い理解を持ち、現地の人々と交流を楽しんでいた時期もありました。
「ネット右翼」という言葉で一括りにするには、父の人生はあまりに複雑でした。
第4章:証言 ―― 積極的日和見主義の正体
叔父の証言により、父が学生運動の時代に、左翼の「絶対正義」を毛嫌いしていたことが分かります。
父は思想に染まっていたのではなく、「特定の勢力に迎合すること」を最も嫌う性格でした。
著者は、父の姿勢を「積極的日和見主義」と名付けます。
父が晩年に見ていた動画は、思想の共鳴ではなく、「今のリベラルな空気が鼻につく」という個人的な反発心から選ばれたものでした。
間違いない。
『ネット右翼になった父』
父をネット右翼にしたのは、僕自身だったのだ。
フラットに軽口を交わせるような関係性をそもそも僕は父と養っていなかった
『ネット右翼になった父』
第5章:追想 ―― 老いと価値観のブラッシュアップ
著者は、父の差別発言の根底にあるものを直視します。
それは、現代のジェンダー観や福祉の考え方の急速な変化についていけない高齢者の「うろたえ」でした。
戦後を自力で生き抜いてきた自負がある父にとって、現代の「弱者支援」は自己責任論のフィルターを通してしか理解できなかった。
これは思想の問題というより、価値観のアップデートが間に合わなかった「老い」の悲劇でもあったのです。
僕が「極めてハイスペック」と誤認していた父は「対外的な父」であり、姉が正視し続けていたのは家族内でまともなコミュニケーション一つ取れない「しょーもない父」だったと言っていい。
『ネット右翼になった父』
叔父がため息交じりに言った、「世代と年代を切り分けてくれよ」の言葉が響く。こちらは明らかに、世代の問題だろう。
『ネット右翼になった父』
第6章:邂逅 ―― 許しと再生の物語
最終的に、著者は父との心の和解を果たします。
父を「ネット右翼」という怪物ではなく、自分と同じように悩み、偏見を持ち、それでも必死に生きた「一人の人間」として捉え直したからです。
生前に「なぜそんなものを見ているの?」と優しく聞けていれば、結末は違ったかもしれません。
本書は、失われた対話を取り戻そうとする、痛切な家族再生の記録です。
父が多少ネット右翼的だったとして、それがそうだというのだ。そんなもので、家族を分断してしまうことが、本当にくだらない。
『ネット右翼になった父』
狭い視点で見ればどれほど信じがたい主張や価値観を持っている相手だったとしても、その隣には自分と全く同じものを味わい、愛で、美しいと思う感性が共存し得る。
『ネット右翼になった父』
3. ココだけは押さえたい一文
「分断を作り出しているのは実は自分自身というケースは、案外この世の中で普遍的なことかもしれません。」
『ネット右翼になった父』
4. 感想とレビュー
この本は、読む人の立場によって評価が激しく分かれるかもしれません。
「差別をする親を、老いのせいにして許してもいいのか」という倫理的な問いが常に付きまといます。
しかし、一人の息子が、死んだ父の汚れた部分までを検証し尽くし、それでもなお「愛する父」として受け入れようとする姿には、圧倒的な誠実さを感じます。
特に印象的だったのは、著者が「自分自身も陰謀論が好きだ」と告白するシーンです。
相手を「異常な存在」として切り捨てるのではなく、自分の中にもある「好奇心」や「偏り」を認める。
そのフラットな視点があったからこそ、この物語は単なる批判本にならず、深い共感を呼ぶものになったのでしょう。
スマホの画面越しに、見知らぬ誰かを叩く現代。
私たちは、一番近くにいる家族の顔さえ、記号(ネトウヨ)としてしか見ていないのかもしれません。
本書は、そんな私たちに「もう一度、相手をよく見よう」と静かに語りかけてくれます。
5. まとめ
鈴木 大介氏の『ネット右翼になった父』は、要約を読んだだけでは解決できない「割り切れなさ」を抱えた本です。
しかし、その割り切れなさが、現実の人間関係そのものなのです。
親の言動に悩み、家族の分断を感じているすべての方へ。
この本は、憎しみをすぐに消す魔法ではありませんが、対話の糸口を見つけるための大切な道標(みちしるべ)になってくれます。
あなたの家族がまだ目の前にいるうちに、ぜひこの本を読んでみてください。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
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