「時間を無駄にせず、確実に良書と出会いたい」
文芸評論家・翻訳家の鴻巣友季子さんが厳選した、「2025年の小説ベスト20作」をご紹介します。(講談社ホームページ:12月28日掲載)
話題の新書『なぜ日本文学は英米で人気があるのか』の著者でもある鴻巣さん。 その確かな眼識で選ばれた作品は、海外文学から日本文学まで、どれも「今読むべき」力作ばかりです。
年末年始に心震える物語を求める方へ、お届けします。
- 1. シーグリッド・ヌーネス『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』
- 2. 鈴木結生『ゲーテはすべてを言った』
- 3. ネージュ・シンノ『悲しき虎』
- 4. 市川沙央『女の子の背骨』
- 5. グアダルーペ・ネッテル『一人娘』
- 6. 小川洋子『サイレントシンガー』
- 7. ザフラーン・アルカースィミー『水脈を聴く男』
- 8. 多和田葉子『研修生』
- 9. 村田沙耶香『世界99(上・下)』
- 10. パーシヴァル・エヴェレット『ジェイムズ』
- 11. グレゴリー・ケズナジャット『トラジェトクリー』
- 12. 堀江敏幸『二月のつぎに七月が』
- 13. 朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』
- 14. 柴崎友香『帰れない探偵』
- 15. ティム・オブライエン『虚言の国 アメリカ・ファンタスティカ』
- 16. マリアーナ・エンリケス『秘儀(上・下)』
- 17. 竹中優子『ダンス』
- 18. エイミー・ブルーム『In Love』
- 19. ジュンパ・ラヒリ『翻訳する私』
- 20. サイディヤ・ハートマン『奔放な生、美しい実験』
1. シーグリッド・ヌーネス『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』
(桑原洋子 訳/早川書房)
末期がんを患い、安楽死を決意した友人と、その最期に立ち会うことを承諾した「私」。ペドロ・アルモドバル監督によって『ザ・ルーム・ネクスト・ドア(原題)』として映画化もされた話題作です。死という重いテーマを扱いながら、絶望ではなく、残された時間の中にある知的な会話や友情の親密さを、ヌーネス特有の抑制の効いた筆致で描き出しています。
2. 鈴木結生『ゲーテはすべてを言った』
(朝日新聞出版)
文芸誌の新人賞で選考委員を驚愕させた衝撃のデビュー作です。18歳の若き書き手が放つのは、過去の文豪たちの亡霊が蠢くような濃密な言葉の奔流。SNS時代の薄っぺらな言葉とは対極にある、「文学への過剰なまでの信仰」がページから溢れ出します。ただの早熟な才能に留まらない、言葉そのものが持つ根源的な暴力を感じさせる一冊です。
3. ネージュ・シンノ『悲しき虎』
(飛幡祐規 訳/新潮クレスト・ブックス)
幼少期に養父から受けた長年の性的虐待という、逃れがたい地獄を綴った作品です。しかし、これは単なる被害の告白ではありません。著者は、文学者や哲学者の言葉を引用しながら、自身の身に起きたことを徹底的に客観視し、解剖しようと試みます。言葉にすることすら憚られる痛みを、強靭な知性で「文学」へと昇華させた、あまりに切実な記録です。
4. 市川沙央『女の子の背骨』
(文藝春秋)
芥川賞受賞作『ハンチバック』で日本文学界を震撼させた著者によるエッセイ&創作集。難病を抱える当事者としての「身体」と、健常者の視線で作られた「社会」のズレを、容赦ないユーモアと毒で暴き出します。女性の身体性、生殖、そして障害。誰もが目を逸らしてきた領域を、鋭利な「言葉の背骨」で貫いていくような読書体験が待っています。
5. グアダルーペ・ネッテル『一人娘』
(宇野和美 訳/現代書館)
子どもを持たないと決めている「私」と、重い障害を持つ娘を産んだ親友。メキシコ現代文学を代表する著者が描くのは、「母性」という強固な神話に回収されない女性たちの多様な生き方です。隣人や友人たちが織りなす「擬似的な家族」の絆を通じ、親になることの苦悩と、それを支える連帯の美しさを静かに肯定します。
6. 小川洋子『サイレントシンガー』
(文藝春秋)
この世界から消えゆくもの、あるいは最初から存在しなかったかもしれないものたちへ向ける小川洋子の視線は、今作でも冴え渡っています。チェスプレイヤー、調律師、あるいは名もなき人々が織りなす物語は、まるで繊細なガラス細工のようです。目に見える現実よりも、静寂の中に響く「声なき歌」に耳を澄ませるような、幻想的で慈しみに満ちた短編集です。
7. ザフラーン・アルカースィミー『水脈を聴く男』
(山本薫、マイサラ・アフィーフィー 訳/書肆侃侃房)
オマーンの伝統的な地下水路「ファラジュ」を舞台にした、壮大な水の物語。代々、地面の下を流れる水の音を聴き分ける能力を持つ一族の男が、村の命運を背負って地下へ潜ります。砂漠という過酷な環境下での生と死、伝説と現実が溶け合う描写は圧巻です。アラビア語圏最高峰の文学賞を受賞した、圧倒的なスケールの人間ドラマです。
8. 多和田葉子『研修生』
(中央公論新社)
ドイツ語と日本語の間を自在に行き来する多和田葉子の最新作。異国での「研修」という設定を通じ、言語の壁にぶつかり、思考が変容していくプロセスをユーモラスに描きます。言葉が変われば世界が変わる。当たり前だと思っていた日常の風景が、異化された言語によって全く別の色に塗り替えられていく、知的な刺激に満ちた一作です。
9. 村田沙耶香『世界99(上・下)』
(集英社)
「正常」と「異常」の境界を揺さぶり続ける村田沙耶香が到達した、新たなディストピア。私たちの住む世界とは異なる論理で動く「別の世界」が重なり合い、読者は次第にどちらが現実か分からなくなっていきます。性、食、家族、そして倫理。既存の価値観がすべて解体され、再構築されていく衝撃は、まさに文学的な劇薬と言えるでしょう。
10. パーシヴァル・エヴェレット『ジェイムズ』
(木原善彦 訳/河出書房新社)
マーク・トウェインの名作『ハックルベリー・フィンの冒険』を、逃亡奴隷ジムの視点から大胆にリメイク。白人の前では「無知な奴隷」を演じるジムが、実は極めて高い知性と洗練された言語能力を持っていたという設定が秀逸です。アイデンティティと生存を懸けたコード・スイッチングを描き、人種差別という歴史的闇に新たな光を当てています。
11. グレゴリー・ケズナジャット『トラジェトクリー』
(文藝春秋)
アメリカにルーツを持ち、日本語で書くことを選んだ著者による、境界を生きる人々の物語。日本で暮らす外国人が感じる「母語ではない言葉で生きること」の違和感や自由さが、透明感のある文章で綴られます。移動すること、留まること、そして言葉を乗り換えること。グローバル時代の新しい「故郷」の形を模索する、瑞々しい秀作です。
12. 堀江敏幸『二月のつぎに七月が』
(講談社)
時間の流れは必ずしも一本道ではありません。堀江敏幸が描く世界では、ふとした瞬間に過去の記憶が現在に侵入し、死者と生者が静かに対話を始めます。端正で格調高い文体によって切り取られた日常の断片は、まるで上質な短編映画のようです。慌ただしい時間を忘れ、言葉の余韻にじっくりと身を浸したい時に最適な、至福の読書体験です。
13. 朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』
(日本経済新聞出版)
SNSや動画配信、あるいは新興宗教。現代人が何かに熱狂し、個を消失させていく様を朝井リョウが冷徹な筆致で暴き出します。「信じること」の救いと、それが組織という形をとった時に生まれる集団の狂気。メガチャーチ(巨大教会)を象徴とするこの物語は、現代社会という巨大なシステムの歯車となっている私たちへの、痛烈な問いかけです。
14. 柴崎友香『帰れない探偵』
(講談社)
失われた建物、かつての街並み、そして疎遠になった人々。柴崎友香が得意とする「場所と記憶」のテーマが、探偵小説という枠組みを借りてさらに深められました。何かを探し当てることよりも、「もうそこにはない」という不在を確認する過程が切なく響きます。大阪の街の風景とともに、誰の心にもある「帰れない場所」を呼び覚ます物語です。
15. ティム・オブライエン『虚言の国 アメリカ・ファンタスティカ』
(村上春樹 訳/ハーパーコリンズ・ジャパン)
『ねじまき鳥クロニクル』を愛読し、村上春樹とも親交の深いオブライエン。彼が描くのは、陰謀論やフェイクニュースに侵された現代アメリカのカリカチュアです。銀行強盗と人質が逃避行を繰り広げるドタバタ劇の裏に、「真実が死んだ時代」の空虚さが冷ややかに横たわっています。村上春樹による絶妙な翻訳が、物語の不条理さをより際立たせています。
16. マリアーナ・エンリケス『秘儀(上・下)』
(宮﨑真紀 訳/新潮文庫)
現代アルゼンチン文学を牽引する著者が描く、ゴシック・ホラーの傑作短編集。汚職や格差、凄惨な事件といった現実の闇が、超自然的な恐怖や魔術的な現象と結びついて語られます。社会の歪みが怪物となって現れるような、圧倒的なイマジネーション。読む者の五感を刺激するような、生々しくも美しい恐怖に満ちた作品群です。
17. 竹中優子『ダンス』
(新潮社)
詩人としても活動する著者による、身体の躍動と心の震えを捉えた小説。他者との境界が溶け合うようなダンスの瞬間、あるいは孤独なステップ。言葉にする以前の感情を、極限まで磨き上げられた言葉で定着させようとする試みです。読むこと自体がリズムを感じさせ、読者の身体にも何かが呼応するような、生命力に溢れた文学体験です。
18. エイミー・ブルーム『In Love』
(神崎朗子 訳/大和書房)
アルツハイマー型認知症と診断された夫が選んだのは、スイスでの安楽死でした。共に歩んできた妻が、その最後の日々を綴った衝撃のノンフィクション的物語です。「愛する人の尊厳をどう守るのか」。残酷なまでの誠実さで綴られる言葉には、死への恐怖を超えた深い愛情と、生を選び直す強さが宿っています。
19. ジュンパ・ラヒリ『翻訳する私』
(小川高義 訳/新潮クレスト・ブックス)
ベンガルにルーツを持ち、英語で名声を得た著者が、あえて第三の言語であるイタリア語で書き始めた理由を綴ったエッセイ&創作集。母語から離れることで得られる新しい自己。翻訳という行為がいかに豊かで、時に孤独な冒険であるかを美しく描き出します。言葉を愛するすべての人に贈りたい、静かな知の探求です。
20. サイディヤ・ハートマン『奔放な生、美しい実験』
(榎本空 訳/勁草書房)
20世紀初頭、アメリカの都市部で「自由」を求めてもがいた黒人女性たちの生を、歴史資料と文学的想像力で見事に再構築しました。既存の歴史から消し去られた彼女たちの奔放で、時に無謀な試みを、著者は「美しい実験」と呼びます。権力に屈することなく、自分たちの生を自分たちで定義しようとした女性たちの、魂の叫びが聞こえてくる野心作です。
今回選ばれた20冊は、個人の内面から巨大な社会構造までを鮮やかに映し出しています。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
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