【名言】綾小路きみまろの名言10選:爆笑の裏に潜む「生老病死」の人間賛歌

名言集 ‐心に響くことば‐
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中高年の星、綾小路きみまろ。彼の放つ言葉は、鋭い毒を帯びながらも、まるで使い古した湯たんぽのように、じんわりと心に沁み渡ります。老いや衰え、夫婦の亀裂といった「目を背けたい現実」を、彼は極上のエンターテインメントへと昇華させます。

今回は、残酷な現実を笑い飛ばし、明日を少しだけ身軽に生きていくための10の言葉を厳選しました。

1:綾小路きみまろの紹介

綾小路きみまろ(1950-)は、日本の漫談家です。鹿児島県に生まれ、司会者としての下積み時代を長く経験しました。自身の漫談を録音したカセットテープを、高速道路のサービスエリアで観光バスの運転手に手渡すという地道な活動を続け、50代にして空前の大ブレイクを果たしました。

扇子を片手に「潜入ルポ」のような視点で中高年の実態を暴く芸風は、同世代から絶大な支持を得ています。彼の言葉は、単なる嘲笑ではありません。自らも同じ時代を生き、同じように老いていく者としての「連帯感」と、ままならない人生への深い肯定感に満ちています。

2:名言

若い頃はよく愚痴をこぼしていました。あれから40年、今はご飯をこぼすようになりました

綾小路きみまろ

精神的な悩み(愚痴)に暮れた若き日も、身体的な衰え(食べこぼし)に戸惑う現在も、どちらも愛すべき「人間」の姿です。深刻な老化現象を「こぼす」という共通項で笑いに変えるこの言葉は、老いを「負け」ではなく「変化」として受け入れる心の余裕を与えてくれます。

ボケは防げます。4人に1人がボケるんです。ですから、3人で行動することです

綾小路きみまろ

避けられない老いへの恐怖を、力技の論理で笑い飛ばす一言です。統計上の不安を深刻に捉えるのではなく、「誰かと一緒に笑っていれば、何とかなる」という、きみまろ流の楽観主義が凝縮されています。

奥様の場合、外見よりも内臓が勝負です。男も女も50過ぎたら内臓勝負です

綾小路きみまろ

美しさの定義が「若さ」から「健康」へとシフトする瞬間を突いています。表面を取り繕うことに必死になるよりも、自分を支える根幹(内面)を大切にしようという、逆説的な美学が込められた言葉です。

中高年のみなさま!負けないでください、その顔で!!

綾小路きみまろ

究極の毒舌でありながら、これほど勇気をもらえる言葉はありません。「ありのままの自分」を直視し、その現実を抱えたまま人生という土俵に立ち続けること。その泥臭い格好良さを、彼は全力で肯定しています。

会社のために手となり足となりクビになり

綾小路きみまろ

高度経済成長を支え、組織に尽くしてきた世代の哀愁を、鮮やかなリズムで切り取っています。報われない現実を恨むのではなく、こうして五七調の笑いにしてしまうことで、過去の傷を浄化させる強さがあります。

「お茶くれ」に120円くれた妻

綾小路きみまろ

長年連れ添った夫婦の、すれ違いと冷徹なまでの合理性を象徴するエピソードです。献身的な関係が終わり、対等(あるいはそれ以上)な関係へと変化したことを面白がれるようになれば、夫婦生活はもっと楽になります。

人間なんて所詮、おしめに始まり、おしめに終わる

綾小路きみまろ

人生のスタートとゴールは同じ。どんなに権力を持とうが、美しくあろうが、最後は皆同じ場所へ帰る。この「諦念(あきらめ)」は、私たちを縛り付けているプライドや見栄から解放してくれる救いの言葉です。

出会った頃は主人の顔を見ているだけで心がときめいたものです。あれから40年、今は顔を見ているだけで不整脈です

綾小路きみまろ

「ときめき」が物理的な「不整脈」へと形を変える。愛の賞味期限を嘆くのではなく、それを生物学的な変化として処理する知恵です。長すぎる共同生活を乗り切るには、これくらいのユーモアが欠かせません。

昔は温かいご飯に暖かい新妻。あれから40年、今はさめたご飯にさめた妻。家で暖かいのは便座だけ

綾小路きみまろ

家庭内での居場所を失った寂しさを、「便座の温もり」という小さな文明の利器で対比させています。冷え切った現状を悲劇として語らず、喜劇として提示することで、孤独さえもエンターテインメントに変えてしまいます。

若い頃は若気の至りでよく羽目をはずしていました。あれから40年!今はずしているのは入れ歯だけです

綾小路きみまろ

「羽目を外す」という躍動的な過去と、「入れ歯を外す」という静かな現在。人生のステージが鮮やかに切り替わったことを告げる名台詞です。過去の栄光に固執せず、今の自分のありようを面白がることの大切さを教えてくれます。

3:まとめ

綾小路きみまろの言葉に共通しているのは、「絶望を笑いで包み込む、究極の受容」です。

彼は、若さや美しさを失うことを「劣化」とは呼びません。代わりに「あれから40年」という魔法のフレーズを添えて、それを誰もが通る「共通の通過点」へと変えてしまいます。

彼の毒舌を聴いて私たちが笑い転げるのは、そこに「自分一人の苦しみではない」という安らぎがあるからです。ばさばさに乾きそうな現実を、きみまろ流のユーモアという水で潤し、肩の力を抜いて「ま、いっか」と笑ってみませんか。その笑いこそが、人生の後半戦を凛として歩むための、最高の杖になるはずです。

最後まで読んでいただきまして、
ありがとうございました。

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