【3分要約・読書メモ】私が間違っているかもしれない:山奥で隠遁生活を送った経済人の感動的な人生体験

BOOKS-3分読書メモ-
スポンサーリンク

日々仕事や人間関係で慌ただしく過ごしていると、「なぜ自分の気持ちが伝わらないのだろう」「どうしてもあの人の考え方に納得できない」と悩むことはありませんか。

今回ご紹介する本は、世界33か国で翻訳され、スウェーデンや台湾をはじめ世界中で記録的なベストセラーとなっている『私が間違っているかもしれない』(ビョルン・ナッティコ・リンデブラッド著、キャロライン・バンクラー著、ナビッド・モディリ著)です。

この記事では、この話題の書籍『私が間違っているかもしれない』の詳しい要約と、読後に心がすっと軽くなるレビューを分かりやすく丁寧にお届けします。

忙しい毎日に少し立ち止まり、自分の心と静かに向き合いたい方にぜひ読んでいただきたい一冊です。

私が間違っているかもしれない  Amazon.co.jpで購入する

スポンサーリンク

1. 著者の紹介

まずは、本書を執筆した素晴らしい著者の方々についてご紹介します。

ビョルン・ナッティコ・リンデブラッド(Björn Natthiko Lindeblad)

本書の主人公であり、メインの著者であるビョルン氏は、1961年スウェーデン生まれです。ストックホルム商科大学で経済学を学び、一流企業の幹部候補として26歳という若さで多国籍企業のCFO(最高財務責任者)に就任するなど、誰もが羨むエリートキャリアを築いていました。

しかし、成功の絶頂にありながらも強い精神的空虚感を覚え、すべての地位と財産を手放して出家を決意します。タイの森の中にある僧院で17年間、森の修道士として厳しい戒律のもとで修行を重ねました。

僧名「ナッティコ(知恵の中で成長する者)」を授けられた彼は、修行を通じて人間の心に関する深い洞察を得ます。帰国後は講演家や瞑想指導者として多くの人々の悩みに寄り添いましたが、2018年に不治の病であるALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断されます。病と闘いながらも、最後まで穏やかな心と執着を手放す生き方を説き続け、2022年1月に愛する人々に見守られながらその生涯を閉じました。

キャロライン・バンクラー(Caroline Bankler) / ナビッド・モディリ(Navid Modiri)

共著者であるキャロライン・バンクラー氏は、プロデューサーおよびディレクターとして、ビョルン氏の全国講演ツアーなどを企画・推進した人物です。

ナビッド・モディリ氏は、ジャーナリスト、作家、ラジオパーソナリティとして活動し、ビョルン氏との対話を通じて彼の思想を深める役割を果たしました。この二人との協働があったからこそ、ビョルン氏の生み出した温かな知恵が、一冊の美しい物語として結晶化したのです。

私が間違っているかもしれない  Amazon.co.jpで購入する

2. 本書の要約

ここからは、本書『私が間違っているかもしれない』の内容を詳しく解説していきます。エリート実業家が出家し、僧院での修行を経て、病と共に生きた人生の奇跡的なプロセスが描かれています。

① エリート人生の成功と、深まる「心の違和感」

物語の始まりは、誰もが憧れるような成功ストーリーからスタートします。ビョルン氏は優秀な成績で大学を卒業し、ビジネスの世界で目覚ましい成果を上げ続けました。高級な服を着て、国際的な会議に出席し、若くして企業の財務責任者として大きな権力を握っていたのです。

しかし、彼の内面は満たされていませんでした。毎朝起きたときに感じるのは達成感ではなく、重い違和感と恐怖心だったと言います。「自分は他人が望む人生を演じているのではないか」「このまま成功を追い続けても、本当の幸せは訪れないのではないか」という疑問が、次第に大きくなっていきました。

ある日、彼は自分の心の声に素直になることを決意します。周囲の驚きや反対を押し切り、築き上げたキャリアも、給料も、所有物もすべてを捨てて、自分探しの旅に出たのです。そして辿り着いたのが、タイの森奥深くにある過酷な僧院でした。

私が間違っているかもしれない  Amazon.co.jpで購入する

② タイの森の僧院での17年間:瞑想と人間的な葛藤

タイの森林派僧院での生活は、これまでの贅沢な暮らしとは正反対のものでした。お金を持つことは禁じられ、1日1食の托鉢で得た食事だけで過ごし、硬い床で眠る日々です。一見すると、悟りを開いた聖人のような清らかな生活を想像するかもしれません。

しかし、本書の素晴らしいところは、ビョルン氏が決して自分を「出来上がった聖人」として描いていない点にあります。瞑想をしようとしても頭の中には昔飲んだビールの記憶やどうでもいい雑念が次々と浮かび上がり、睡魔に負けて床に頭を打ち付けることもありました。周囲の修行僧たちの癖や言動にイライラし、葛藤する日々も素直に明かされています。

彼は、修行とは「自分の嫌な部分や弱さを消し去ること」ではなく、「自分の不完全さや感情をそのまま観察し、受け入れること」なのだと気づいていきます。

私が間違っているかもしれない  Amazon.co.jpで購入する

③ 人生を変えた「魔法の呪文」と「思考」の正体

本書のタイトルにもなっている最も重要な教えは、僧院での集会で先輩の僧侶から授けられた言葉でした。

誰かと衝突しそうになったとき、あるいは自分の心が葛藤や怒りでいっぱいになったとき、心の中でこの呪文を3回繰り返すのです。

「私が間違っているかもしれない」
「私が間違っているかもしれない」
「私が間違っているかもしれない」

『私が間違っているかもしれない』

私たちは無意識のうちに、「自分こそが正しく、相手が間違っている」という前提で物事を見てしまいます。そして、「相手はこうあるべきだ」という自分の思い込みに他人が一致しないとき、強い怒りや悲しみを抱きます。

ビョルン氏は、17年間の修行で得た最大の学びとして「頭の中に浮かんでくる自分の思考を、すべて真実だと信じ込まなくなったこと」を挙げています。思考とは、空に浮かぶ雲や天気のようなものであり、勝手に湧き上がってくる現象に過ぎません。その思考に振り回されず、「自分が間違っている可能性」にそっと心を開くことで、あらゆる人間関係の摩擦が消えていくことを悟ったのです。

「自分の考えが常に正しいと思うな」―――人生で、これほど私を助けてくれた言葉もない。

『私が間違っているかもしれない』

自分の思考にとらわれていると、まっさらな目で物事を見ることができなくなる。

『私が間違っているかもしれない』

私が間違っているかもしれない  Amazon.co.jpで購入する

④ 僧院を去る決断と、社会復帰での葛藤

17年という長い歳月を過ごした後、ビョルン氏は直感に従い、僧衣を脱いでスウェーデンへ帰国することを決めます。しかし、社会復帰は決して容易なものではありませんでした。

長年お金を持たずに暮らしていたため貯金はなく、職歴のブランクも長いため、現実の厳しさに直面します。一時期は重い「うつ状態」に陥り、僧侶として修行した自分ですら強い絶望を感じることに苦しみました。

しかし、彼はその苦しみからも逃げませんでした。「完璧である必要はない」「ただ、今できる限りのことをすればいい」と自分自身に寛容になることで、少しずつ回復していきます。やがて彼が語る等身大の体験談と知恵は、現代社会のストレスに晒される人々の心を強く打ち、スウェーデン全土で大反響を呼ぶ講演活動へと繋がっていったのです。

「正しいことが重要なのではない」

『私が間違っているかもしれない』

私は「何事も自分の思った通りになる」という人に会ったことがない。
むしろ、少なくとも私の人生では、心配していたことはほとんど起こらなかった。
起きたのは、予想もしていなかったことばかりだ。

『私が間違っているかもしれない』

無理に秩序を強制しようとすれば、すべてが台無しになることもある

『私が間違っているかもしれない』

これまでの人生の中で最高に素晴らしかったものはたいてい、自分の力の及ばないところからもたらされたものだ。
あらゆることを計画し、予測しようとすると、人生が辛くなるだけだ。

『私が間違っているかもしれない』

私が間違っているかもしれない  Amazon.co.jpで購入する

⑤ ALSの発症と、不確実性を受け入れる最期

人生が再び輝き始めた矢先、2018年に彼はALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病の診断を受けます。徐々に体が動かなくなり、筋肉が衰えていくという厳しい現実に直面しました。

普通であれば運命を呪いたくなるような状況ですが、彼は僧院で培った知恵を持って病に向き合いました。「人生は自分の思い通りにはならない。しかし、必要なものはたいてい手に入る」という信頼を持ち続けたのです。

「これもまた過ぎ去る(This too shall pass.)」という無常の真理を胸に抱き、残された時間で自分のメッセージを本として残すことに全力を注ぎました。自分の力の及ばない出来事をコントロールしようと暴れるのをやめ、あるがままを受け入れる姿勢は、世界中の読者に大きな感動を与えました。

人生では、欲しいものが常に手に入るわけではないが、必要なものはたいてい手に入るものだ。

『私が間違っているかもしれない』

これもまた過ぎる
なにも永遠には続かない、すべては無常である。

『私が間違っているかもしれない』

大切なのは、完璧を求めず、「自分はできる限りのことをしている」と考えるようにすることだ。また「他の人も同じように、できる限りのことをしている」と考えよう。

『私が間違っているかもしれない』

“誰が見ていなくても、自分が見ている”という意識で、自分の言動に責任を持ちたい。

『私が間違っているかもしれない』

どんな人でも、人知れず大きな苦しみを抱えているもの
だから、他人にはいつでも親切にすること

『私が間違っているかもしれない』

感情と自分を同一視するのはやめて、心を感情に占拠されないようにすることだ。

『私が間違っているかもしれない』

人は、自分がどれくらい周りの人に感謝されているかをよくわかっていないものだ。だからこそ、それを伝えてあげるべきだ。

『私が間違っているかもしれない』

私が間違っているかもしれない  Amazon.co.jpで購入する

3. ココだけは押さえたい一文

本書には、読む人の心に深く刺さる名言や印象的な言葉が数多く散りばめられています。その中でも、特に人生の指針となる重要な言葉をピックアップしました。

「自分の考えが常に正しいと思うな」―――人生で、これほど私を助けてくれた言葉もない。

『私が間違っているかもしれない』

私たちは日常生活の中で、知らず知らずのうちに自分の経験や価値観に基づいた「正しさ」を他人に押し付けてしまいがちです。しかし、相手には相手の背景があり、自分が捉えている世界はほんの一部に過ぎません。「自分は間違っているかもしれない」と一歩引く余地を持つことこそが、本当の心の強さであり、優しさなのだと教えてくれます。

大切なのは、他人について「こうすべきだ」「ああすべきだ」といった意見をあまり持たないようにすること。あるがままを受け入れるということだ。誰かに対して「こうあるべきだ」と思ったからといって、その人がその通りの人間に生まれ変わったりすることは絶対にない。

『私が間違っているかもしれない』

家族や職場の同僚に対して「もっとこうしてくれればいいのに」とイライラしてしまう原因は、すべて自分の中にある「期待」や「こうあるべき」という固定観念です。相手を変えようとする努力を手放し、ありのままの存在を認めることで、どれほど心が軽くなるかを痛感させられます。

私が間違っているかもしれない  Amazon.co.jpで購入する

4. 感想とレビュー

ここからは、実際に本書を読んだ私自身の率直な感想とレビューをお伝えします。

① SNSや現代社会の「正義の衝突」に対する最高の処方箋

現代社会、特にSNSなどを見ていると、毎日のように誰かの過ちが責め立てられ、「どちらが正しいか」「どちらが悪か」という白黒をつける論争が繰り広げられています。自分の「正しさ」を振りかざすとき、人は最も攻撃的になり、同時に孤独になっていくのではないでしょうか。

本書で語られる「私が間違っているかもしれない」という言葉は、相手を負かそうとする論争からそっと降りるための「知恵」です。相手の正しさも一度受け止め、「自分も完璧ではない」と認めることの潔さが、どれほど人間関係を滑らかにするかを痛感しました。職場の人間関係や家庭での喧嘩で悩んでいる方にとって、まさに特効薬となる言葉です。

② 聖人君子ではない「弱さ」を開示した人間味あふれるストーリー

自己啓発書やスピリチュアルな本の多くは、完璧な成功者や達観した人物からのアドバイスになりがちです。しかし、本書の著者は違います。

17年も修行した僧侶でありながら、瞑想中に雑念だらけになり、足の痛みに悶絶し、帰国後はうつ病に苦しみ、病の恐怖に震える姿を隠すことなく赤裸々に開示しています。「完璧じゃなくていい」「自分もできる限りのことをやっているし、他人もまたできる限りのことをやっているんだ」というメッセージは、頑張りすぎてしまう現代人の心に温かく寄り添ってくれます。

③ 「コントロール欲求」を手放したとき、本当の自由が得られる

私たちは、「将来の計画を完璧に立てたい」「トラブルを事前にすべて回避したい」と、人生をコントロールしようと必死になりがちです。ですが、ビョルン氏が示すように、人生で起きる最高の出来事の多くは、自分の予想を超えたところからやってきます。

「人生は計画通りには進まない」という事実を恐れるのではなく、不確実な未来を受け入れ、その場その場で柔らかく対応していく姿勢(=手放すこと)こそが、真の安心感をもたらしてくれるのだと深く実感しました。

私が間違っているかもしれない  Amazon.co.jpで購入する

5. まとめ

今回は、ビョルン・ナッティコ・リンデブラッド氏らの著書『私が間違っているかもしれない』要約レビューをお届けしました。

本書のポイントを改めて振り返ってみましょう。

  • 自分の思考をすべて真実だと信じない:頭に浮かぶ感情や意見は天気のようなもの。
  • 魔法の呪文を活用する:「私が間違っているかもしれない」と心で唱えることで、不要な摩擦や怒りから解放される。
  • 他人への「こうあるべき」を手放す:相手を変えようとせず、あるがままを受け入れる。
  • 不確実性を受け入れる:人生を完璧にコントロールしようとせず、変化や無常を受け入れて生きる。

心が少し疲れてしまったとき、人間関係にモヤモヤしたとき、ベッドサイドに置いて何度も読み返したくなるような一生ものの名著です。

自分自身にも、周りの人にも、もっと優しくなれるきっかけをくれる素晴らしい一冊ですので、気になった方はぜひ手にとって読んでみてくださいね。

私が間違っているかもしれない  Amazon.co.jpで購入する


最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。

背伸びしない等身大の経験とアイディアのコラムも書いています。

日々の仕事やライフスタイルのヒントになればうれしいです。
X(Twitter)ThreadsinstagramBlueskyもやっているので、もしよかったら覗いてください。

タイトルとURLをコピーしました